僕が meg rock のPOP感にやられたのがメロキュアの「1st Priority」だった。 自他とも認めるPOPSマニアの僕にとっては胸キュンもののPOPSだった。 かつてYUMINGと達郎さんが対談で「中庸をやるのが一番過激だ!」とおっしゃっていたけどPOPSを真剣にやるのはとてもすごいことなのである。
そしてこのALBUM「ラブボ」!1曲目の出だしからPOPSだった。 やられました。特に「家出」のPOP感に。 「頭痛が痛い」すごく判るよ! とにかく全POPSファンに是非聴いてもらいたい。こういうコメントでは絶対お世辞や嘘は書かない僕のお墨付きPOPSですぞ!
長井英治 (HMV JAPAN)
赤信号で車を止めた瞬間、叩きつけるように雨が降り出した。2時間前に突き付けられた小さな悲劇を引きずったまま、重い気分で前の車に目をやると、カップルが楽しげに肩を寄せ合ってる。バックミラーに目を移すと、後ろの車で男が携帯に怒鳴ってる。どこかで誰かのクラクション。カーステレオでは meg rock が歌ってる。ダン、ダン、ダンと強く打ち出されたビートが、街のノイズと絡み合って。
『ラブボ』は "都会" を感じさせるアルバムである。シティポップス的なおしゃれイメージの都会ではなく(おしゃれでないという意味でもないが)、もっとリアルな空間としての都会。喜びも悲しみもゴミの分別もウキウキな恋も交錯しながら、ガッと押し進んで行く毎日。このアルバムの揺れるようなスピード感は、そんな都会の日常とシンクロする。 そして、人は都会で自由を手に入れるが、それは孤独と背中合わせ。人々は一瞬出会っては別れていき、二度と会うことはない。いくつもの小さな想いを置き去りにして明日へ、あさってへ。止まったら負け、でもあるかのように。けど、そんな想いのいくつかは、永遠の一瞬として胸に刻まれる。旅人の脳裏に、目指した場所より途中で迷い込んだ路地の光景が妙に焼き付くように、喧騒の中で時が止まる一瞬もまた、都会にはある。meg rock が歌ってるのは、そんな一瞬の想いばかりだ。
もうひとつ、このアルバムに流れる大きな想いにも、気づかないわけにはいかない。メロキュアでのパートナーだった、岡崎律子の突然の他界。それが特に象徴されているのが「4ever」だろう。 ポップミュージックは個人的な体験を、たとえそれが胸に穴が開くほどの痛みであっても、感情に溺れず普遍化して、誰の琴線にも響くものにしなくてはいけない。聴き手がお手軽に心地良さやセンチメンタルな気分に浸るためだけであっても、作り手は時に辛い作業を強いられるはず。しかし、優れたミュージシャンはそれを成し遂げてきてきた。ローリング・ストーンズの「Wild Horses」、エリック・クラプトンの「Tears In Heaven」...... そして、meg rock = 日向めぐみもまた、この「4ever」で、ミュージシャンとして自らの痛みにちゃんと決着をつけた。ポップミュージックとして優れた楽曲に仕立て上げてきた。痛みは痛みのまま伝えながら。
いつの間にか信号は変わっていた。重い気分を蹴飛ばすように、アクセルを踏み込む。ボンネットを叩き続ける雨。カーステレオでは meg rock が歌い続けてる。<僕が1人きりでも泳ぎ続けたら / 君はも一度信じて待っていてくれる?> 暮れゆくメガロポリスのデイトラインまで、あと何キロだろう。日向めぐみの、そして僕ら都会のデラシネたちの喜びと悲しみは、ネオンの海を疾走する――。